「暗夜行路」の草稿見つかる 志賀直哉の小説、我孫子市内の個人宅から 秋には一般展示

我孫子市内の個人宅から見つかった「暗夜行路」の草稿=27日、同市役所
我孫子市内の個人宅から見つかった「暗夜行路」の草稿=27日、同市役所
我孫子市内の個人宅から見つかった「暗夜行路」の草稿=27日、同市役所
我孫子市内の個人宅から見つかった「暗夜行路」の草稿=27日、同市役所

 我孫子市は27日、白樺派を代表する志賀直哉の小説「暗夜行路」の草稿が市内の個人宅から見つかったと発表した。「志賀直哉全集」に収められていない貴重な草稿で、秋には同市の白樺文学館で一般展示する。同館の辻史郎館長は「この発見をきっかけに、暗夜行路を再評価し、読み直してみようという研究者が増えれば」と期待を寄せる。

 「暗夜行路」は志賀直哉唯一の長編小説として知られる。志賀が我孫子に住む前の1912(大正元)年頃から執筆に取りかかり、試行錯誤を繰り返して21年に前編を発表、37年に完結した。その過程で多くの草稿が作られたが、ほとんどは日本近代文学館に収蔵され、「志賀直哉全集」として掲載されている。

 市によると、草稿が書かれたノートは昨年4月、市内在住の小熊吉明さん宅で見つかった。その後、専門家である同志社女子大の生井知子教授に鑑定を依頼。志賀の真筆ノートであることが確認され、今年4月に市に寄贈された。

 草稿は全49ページ。主人公が友人や妻と花札で遊び、妻がずるをして勝ったのではと疑うものの、妻が花札をよく知らないだけだった、という内容などが記され、「暗夜行路」後編の内容の一部と一致する。主人公の名前は「順吉」と記され、完成稿の名である「時任謙作」と異なっているのも特徴的という。

 ノートには草稿のほか、我孫子へ転居する前に友人へ送った手紙の下書きや、我孫子の家と思われる家の間取り図などが記されており、我孫子に移住する直前の15年夏ごろまでに執筆されたと推定。23年に我孫子を去る際、吉明さんの曽祖父に当たる小熊太郎吉氏に譲られたと考えられる。

 小熊太郎吉氏は明治から昭和初期にかけて我孫子駅付近で鳥のはく製を売る店を営んでおり、ジャーナリストの杉村楚人冠らとの交流も確認されている。辻館長は「草稿を見ると、一字一句にこだわった直しをしており、細やかな気配りをしながら執筆していたことが分かる。作家として大切なアイデアノートを人に譲るのは異例であり、小熊さんとの深いつながりが想定される。今後は、小熊さんとの交流の足跡についても検証したい」と話した。

 同市は10月末から、同館でこの草稿を含めた展示会を開く予定。


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