炎天下、よみがえる記憶 10代半ばの飛行場建設 勤労動員 元小学校教諭・仲村嗣雄さん(86)=長柄町= 【戦後70年ちば 第1部 私の記憶】(6)

 10代半ばの少年には、炎天下でのつらい作業だった。2人一組になり「もっこ」と呼ばれる道具を担ぎ、掘り出した土をひたすら運んだ。海軍茂原航空基地(茂原飛行場)を建設するための勤労動員だった。「暑くて暑く ・・・

【残り 1110文字、写真 1 枚】



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